投稿

ブロードキャスターという名前

イメージ
(20200408)

好天続きで田んぼが固くなりそうだ。 そうなると資材散布が忙しくなる。 ブロードキャスターという名の散布機械を取り付けた。 トラクター動力の軸回転を後ろの容器から落下してくる 資材を下の細長い筒で横に振って散布する仕組みだ。 10a(1反)当たり200㎏の資材を 数分でまいてしまう。 今年は牡蠣殻を砕いたものもコシヒカリの田んぼに散布するので 大活躍をしてくれるだろう。 田んぼの微生物は海のものを入れると大変喜んでくれる。 きっと美味しい米を育ててくれるだろう。
東京の叔父さんの葬式は娘夫婦と我が家の次男と 親しかった友人の4人で見送ったそうだ。 三重県にいる長男は出席できなかった。 調子が悪く入院したという電話から10日も経っていない。 葬儀のやりかたがどうのこうのということはない。 人間一人、こんなにもあっけないものだと 考えさせられた。

道路ボランティア

イメージ
(20200407)

種まきが済んだのでハウスの灌漑をする 水路に水を迎えないといけない。 隣りの家の田んぼを耕作をしている人と朝から水路掃除をしてきた。 水が来たので今度の種まきは川からポンプアップしなくても 簡単に水は手に入ることになった。
写真は我が家の前を通る道路側溝(左側)が枯葉で詰まっていたので 溝上げをして田んぼに運んでいるところを写した。 国道であれば管理者に文句を言えば取りに来てくれる。 僕の家の前の道路は市道管理。 貧乏市なのと我が家の前ということでボランティアで することにしている。 空き缶やプラスチック等のゴミが全くないので 捨てるのは田んぼの中だ。 良質腐葉土が来たと田んぼの微生物が喜んでいるだろう。
改良資材を撒いたり荒起しをする段階になったが 田んぼがまだ軟らかい所があって 重い資材を乗せてトラクターが走れない。 まずは頭痛の種になっている石拾いを済ませることにしよう。

種まき第一回目

イメージ
(20200406)



第一回目の種まきが終了した。 午後から始めて夕方5時には700箱を蒔き終えて 片付けも全部済ませてもらった。
上の保温ヒーターの方に約500枚、下の方に200枚が
積み重ねてある。 超真面目に取り組んだので作業中の写真は一枚も撮らなかった。 作業中のトラブルは断水で井戸が空になり 比和川から動噴で汲み上げ作業を続行した。 トラブルで30分はロスしたので 手伝ってもらった人には申し訳なかった。 来てもらった老人クラブの二人はおおむね70歳。 一番人数の多い団塊の世代だろうか 元気はまだまだありそうだ。 現役で農業しているので段取りがよくわかっておられる。 僕の半端な段取りだけでは済ませることが できなかっただろう。 第二回目の種まきも手伝っていただくようお願いしておいた。
元気だった東京の叔父さんが88歳で今月3日に亡くなった。
昨年11月、広島空港でビールを飲んで元気な姿を見送ったのが最後になった。
酒もたばこもやって腰が痛いとは言っていたが
入院から一ヶ月余りで急変するとは思わなかった。
葬儀が8日に決まった。 子供夫婦だけで見送るそうだ。 僕は出席したいが行くことができない。 神奈川の次男に代わりに行ってもらいたいが 緊急事態宣言が出れば車の移動はどうなんだろう。
比和の地から冥福を祈りたい。

革新的技術になるのか

イメージ
(20200405)

ドローンの実技試験を兼ねた講習会に行ってきた。 先々週の広島座学講習会の続きだ。 実技は庄原市の近い所だったので助かった。 強風の中GPS機能をダウンさせて 指定のコースをフラフラなぞって飛行した。 ホバリングが上手く行かないのは強風のせいにして試験は合格、 JUIDAの資格がもらえる事となった。 22年から免許制度になるというから 有利になったのか不利になったのかはっきりしない。 資格書が来たら機体番号を添えて飛行申請を出す。 許可が出るのは申請から1か月はかかるので 実際に飛ばすのは6月以降になるようだ。

この機体で10㎏が搭載できる。満載だと飛行時間は落ちるが 予備バッテリーさえあれば膨大な面積の農薬散布作業ができることになる。 技術革新が進めば田植(籾の散布)もできるようになる。 春の一大イベントのハウス張り・種まき・苗管理・田植の一連作業が 種籾の準備とドローン散布だけになる。 付随する作業はこれだけではないが秋作業でいう コンバインができたほどの革命的機械が誕生したことになる。 しかも安価だ。 明日は現実に戻って種まきをする。必要人数は確保できた。 種まきから田植えの技術が確立されて久しい。 蓄積された多くのすばらしい技術がある。 特に多収穫には有利な面がある。 ドローンに切り替わるには時間を要するだろう。

機械化できない作業は辛い

イメージ
(20200404)

ハウスのビニール張りは米作りで重労働の部類に入る。 機械に乗っていればいいのと訳が違う。 冬に鈍(なま)った体には余計に堪える。 万歩計を見ると家からハウスまでの移動と ビニールが飛ばないよう押さえる紐の作業で 1万歩を超えていた。 押さえの紐は(黒い縦じまの線)紐の先にサンダルを結んで 反対側に投げる。 反対側に回りアンカーに膝をついて結ぶので スクワットの形を100回以上したことになる。 ハウスの周りをグルグル回りスクワット、 無料のスポーツジムに行ったようなものだ。 風のない朝から作業を始めるが次第に吹いてくる。 天井ビニールはヨットの帆に風をはらんだようになり 大変苦労して張ることになる。 何とかこの一連作業を省略したいが寒冷地の苗づくりは ビニールハウスを省くことはできない。 外注の方法があるが一定規模以上の面積を 耕作する者にとって 一挙に赤い文字が浮かんでくることになる。
種まきの人集めをしないといけない。 機械に苗箱を乗せる簡単な作業だ。老人クラブにお願いをしてみよう。

こんなことまで影響が・・・・

イメージ
(20200403)

昔なら水路関係者総出で水路の土砂を 取り除くところだが今は僕が大半の面積を 耕作するのでこの重機一台でやっている。 僕がやれば下手のなので一日仕事になる。 ヨットのオジサンが駆けつけてくれたので 余裕で作業が進んでいく。飲ませた甲斐があった。 実は重機がいるあたりまでコンクリート構造物がある。 僕がやれば構造物を破壊してしまうところだが その辺も上手くやってくれている。 集中してやるのかと眺めていたらすぐに職場放棄、 近くのGSに行き漫画を読んで油を売っていた。 明日は済ませてくれるだろう。
大都会から訃報が届いた。 コロナであれば身内と対面なしに荼毘に付される。 通常の場合であっても三密は厳禁なので葬式はしないと連絡があった。 地方の大手車工場に勤める息子は親の葬儀でも大都会への 出向は自粛せよとのお達しだったらしい。 近くにいる娘夫婦が一切を済ませるそうだ 体調が悪く入院したというのは聞いていた。 あまりの突然の訃報だったのでお別れをしたいが それもかなわないことになった。
ロックダウンはいよいよ現実のこととなってしまった。 コロナウイルスは医療崩壊もさせるが 僕たちの、いや日本の習慣も破壊している。 コロナが落ち着いてから出かけることにした。

春一番の仕事

イメージ
(20200402)

朝は雨は止んだが風が強かった。 昼からはようやく暖かくなったのでタイヤ交換を思いついた。 普段の年なら凍結や雪の心配が無くなった3月初旬に換えるのだが 今年はそのまま一年中過ごすつもりでいた。 軽トラなら気にならないが 乗用車は走って見てどうも騒音が激しい。 換えるとなると軽バン・軽トラもすることになり 結構な重労働になった。 運動不足の身には良い運動になったと思う。 どのタイヤも溝を見れば来年も十分使える。 ゴムは硬化しているがそこはテクで乗り切る。
昨年の「春一番」は3月2日だった。
種籾に発芽のための温度を昼からかけた。 外気温が低いので32度まで 上がるのに3時間以上かかった。 その分発芽が遅れる。芽止めをするのは明日の夕方になるだろう。