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美祢市(カルスト台地)は20年前に旅をしていた

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  (20260309) 市役所比和支所の二階は鉱物やクジラの模型を展示した 博物館がある。 鉱物展示の中に僕が 山口県美祢市 から 教育委員会に頼まれて トラックで持って帰った化石も展示してある。 取りに行ったのは20年以上前の話。 僕の三菱キャンターも化石のような車になった。 トラックに3人乗り美祢市まで弾丸出張したことを思い出す。 一人は教育委員会の職員さんで もう一人は美祢市の石灰工場に勤めて 鉱物を研究していた横山さんという人だ。 化石がゴロゴロあるという横山さんの話しで 標本をもらいに行くのに 軽トラでは重量オーバーになるし3人乗れないので 1.5㌧トラックを持っている僕に白羽の矢が当たった。 たまたまこの前美祢市を旅をしたので化石のことを思い出した。 原石は石屋さんがワイヤーで引き割り断面を磨いて置いてある。 古生代の昆虫ということで 僕らでも化石とわかる。 孫たちが帰ったら僕が持って帰った 化石のことを勉強をさせようと思う。

廿日市市(木材港)「ゆめタウン」はひろかった

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  (20260228) 長男の住まいは広島市佐伯区だが 今日は孫達と廿日市市のゆめタウンを散策した。 ゆめタウンは広くて駐車場でも迷うんだが 今日は止めている駐車番号をしっかり覚えたので 迷いは軽傷だった。 夜ご飯は廿日市の宮内と言うところで国道2号線から 県道30号線に少し入ったところの焼肉と寿司だった。 この道を進むと峠の先に佐伯という町があって 島根県浜田市から大竹市まで伸びる国道186号線に突き当たる。 ハニービーワークというドローンの教習所が佐伯にできたので 故障修理なんかで県道30号線は一昨年初めて走った。 佐伯は瀬戸内巡行さんも住んでいて会いに行ったことがある。 焼き肉と寿司の食べ放題は初めてで シニヤ割りの3千円は元が取れたかは怪しい。 僕は寿司類は頼まなかったが 食べ盛りの孫達は寿司に関しての評価は厳しかったようだ。 国道2号線の帰り道、道端に焼き肉キングが オープンを控えていた。 次はあそこになるのかなとフト思った。 今年の焼き肉は 1月14日 に柳井の駅前に続いて二回目。 今日の肉はこれ以上薄くはならんと言う 切り方をして節約していた。 固いイノシシ肉も あれくらい薄くすれば美味しいのではなかろうか。 肉もいつまで食べられるかは不明だ。 今のうちに楽しむことにしよう。

復旧したので美祢市リポート

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とにかく訳わからん。 いろいろコチコチやってみるが自分のアカウントに 次第に繋がりにくくなる。 ルーターを確かめろとかスペルのつづりを確かめろと出る。 コチコチするたびに英語のページが出る。 ローマ字しか知らん身としてはヒジョーに辛い。 過去のメールを見たら19日に期限切れの告知があったのを発見した。 どこかのコマーシャルメールだと思いスルーしていた。 木屋原農園のアカウントは更新して料金は払っていた。 ドメインというものに料金がいることを初めて知った。 手続きのところで新しいドメインの「作成」と「移管」というのがあったので 後者をポチッた。 始めはタブレットの接続が原因と思っていたが 原因はただの料金未払だった。 自分のブログを表示してみると見えるようになった。 復旧していれば23日を書かんと一日休んだことになる。 このページは24日㏘20時に23日分を遡って書いている。 居酒屋はファミレスに限る 23日は山口からひたすら中国道を走り比和に帰った。 21日からの走行距離は700kmになった。 ネタがないので23日の居酒屋リポートを書く。 泊ったのは山口の中心当たりの美祢市。 ホテルに一番近い居酒屋に入ったが満員で路上に投げ出された。 一旦ホテル近くまで帰り第二候補のファミレスに歩いた。 ジョイフルという店で西日本にはよくある店だ。 昨年までに居酒屋といえば二人で一万円以内が相場だったが 今年はどこに行っても一万円は超えてしまう。 農業オフシーズンだけしか行かない身としても 物価高をもろに感じる。 ホテルとジョイフルを歩く間 美祢市の観察をしてみる。 近くにどえらい煙突が立っている石灰工場のプラントが見える。 昔の炭鉱のようにとんでもなく賑わっていたんだろうと思う。 途中に森林組合の看板があった。 近くに秋芳洞なんかがある地域としてはうまく考えた 名前だと思う。 ジョイフルで腹いっぱい食べて飲んだ。 料金は5千円チョイ。 それにかなりの距離を歩いたので運動にもなった。 ファミレス最高。 次から居酒屋はファミレスにしようと思う。 ファミレスの熱燗は美味しくて安かった。 普通の居酒屋に比べたら半額の値段だった。 熱燗徳利も気に入った。 帰り際、徳利が気に入ったので売ってくれと言ったら 社長に連絡して後日連絡するということだった。 書いている今現在連絡はない。 ネットで調...

旅は続く

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  (20260222) ブログが復旧しないまま旅を続けています。 益田市から前回走った9号線を離れ191号線を南下した。 途中の道の駅は休憩がてら全部寄ってこの目に納めた。 191号線は広島の可部から益田市→萩→長門市→下関と繋がっている。 益田市から長門市方面は僕の記憶によると生涯三度目の走行になる。 萩の手前にある道の駅阿武はオートキャンプ場や海の駅も整備されていた。 九州に向かう旅ではここの道の駅の温泉を使ったことがある。 オートキャンプ場や海の駅方面は空いているように見えるが 道の駅は大変な賑わいでご飯を食べようにも行列ばかりだった。 仕方ないのでずいぶん先のコンビニで弁当をいただいたほどだ。 キャンプする人はパラパラいたが泊っている船は一艇もいなかった。 夏にはこの方向に陽が沈むんだろう 夕日が入るよう写真スポットが作ってあった。 鐘を鳴らしたらいい音がした。 海の駅は左の防波堤の裏側にある。 今日の最大の目的は油谷半島と角島。 油谷半島は楊貴妃の墓と元なんとか神社、棚田だった。 神社と棚田は今回で二度目。 神社は前以上に大繁盛だった。 今日は波がないので鯨の汐吹きは見られなかった。 有名なのは鳥居の階段だが 縁結び・子授かり・安産の狐さんがいた。 本物の本尊さんはおなかの大きな狐さんが祭ってあった。 目的の角島には夕日が落ちる前に着いた。 それを見る公園は車が一杯で僕らの後ろに車が連なり 押し出される格好で橋を渡ってしまった。 なのでこの写真は反対側の公園から撮った写真。 途中モタモタして灯台に着いたら陽は落ちてしまった。 灯台下の公園から見る玄界灘に沈む夕日はどうだったんだろう。 一番いい瞬間を逃してしまった。 次のページは嫁さんが撮った写真を載せよう。

広島の一等地を歩いた

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  (20260213) 広島市の昔一等地だった八丁掘りを歩いた。 (今でも一等地なんだろう) 向かいは福屋や天満屋のある所だ。 大昔は三越もあった。 シャレオの地下終点を出て立町方向に少し歩くと ドンキが店を出していた。 昔は何階かは覚えていないがよく行った映画館があった。 今でもドンキの入り口横にチケット売り場のようなのがあったので 映画はやっているんだと思う。 ドンキの入り口は5百円とかいうような雑貨の客寄せがあったので 覗いてみた。 入ってみると5㎏の備蓄米のコーナーがあった。 この金額はイオンの米産カルローズ米より安い。 奥に行くと島根県産「きぬむすめ」とか 青森県産「あけぼの」表示のコメがあった。 今まで聞いたことのない銘柄で どんな味なのか買って帰ろうかとも思ったが寸前で思いとどまった。 店内をサラーっと歩いたが ホームセンターのような商品が並んでいて欲しいものはなかった。 こんなところで商売になるんだろうか不思議でたまらん。 ここは昔、東急ハンズではなかったか。 買う気もないのに冷やかしよく入っていたのを思い出した。 コメ市場の動きは生産農家ではわからんが 値段が下がり始めたんだろうか。 高値でコメを抱え込んだ業者はどうするんだろう。 石破内閣を引き継いだ高市内閣の農林水産大臣の生産調整についての 考えは選挙前の話だが正しいことになるんだと思う。 今年のコメの高値は望まないが 相応の値段で落ち着くことを祈ろう。

カープバスに乗った

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  (20260212) 広島に行くことがあって、 帰りのバスは ラッキーなことに備北交通のカープバスに乗れた。 午後4時の庄原行きとあって 相席がかなり出るほど乗客は多かった。 庄原行きは備北交通しかない。ドル箱路線なんだろうと思う。 乗る時にたまげた。運転手さんは若い小柄な姉ちゃんだった。 けっこう運転するんかいなと心配になったが 意外と荒っぽい運転だった。 高速の出入りで僕らはゲート前で一瞬アクセルを緩めるが あの姉ちゃんは突っ込んでいく。 走行車線の前にいるトラックは全部追い抜いた。 モタモタする乗用車も追い抜いた。 庄原に着くまで追い抜かれたトラックは一台も記憶にない。 バスセンターで乗る時、女性のカバン置きには嫌な思いをした。 女性の隣に座ろうとは思わんが バスの一番奥まで歩いてようやくおっさんの横に座ることができた。 指定席を二席予約しておいて乗車直前キャンセルで相席を 避ける方法があるらしい。 次にバスに乗る時はバス停に10分前から並ぶことにしよう。 いや午後4時の庄原行きは混雑するので避けるのが一番だろう。 庄原駅が終点だったので交差点を曲がって 車庫に帰るバスを歩道から見送った。 回送になっても元気よくエンジンをふかした。 運転手不足が言われているが備北交通は当分大丈夫だなと 感心した。

なんでこんなに立派な橋があるんだろう

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  (20260205) 昨日NHKBSで日野正平の自転車の旅をやっていた。 下関市北部のバージョンなので 朝と昼合わせて30分を見た。 好きな構造物があるではないか。 僕は長門市までしか行っていないので 次は下関市の北部を旅してみたいと思う。 できればキャンプもしてみたい。 小さな島なのにこんな立派な橋があるのは理解できん。 まさか遡ってバルチック艦隊を見張るのでもなかろう。 楽しみで仕方なくなった。 今シーズンのオフは早めに計画して行ってみることにしよう。

石見西(石西エリア)温泉を紹介しよう

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  (20260202) 島根県石見地域の温泉を改めて検証している。 僕らの住んでいるところは島根県でも石見地域の右隣の出雲地域が 一番近いことになる。(右下中の絵) 島根県は北から西に長い県だなと思う。 余談だが今年の春で北から西までほぼ高速道路で 走れることになるという。 どこに行こうか観光には便利だがストロー効果で 吸いだされる逆効果の方が大きくて 過疎に拍車がかかるんではなかろうか。 明らかに昨日のルートは道の駅と温泉が合体していた。 昨日の出発は右上の浜田市。 9号線に沿って走り津和野から南下して六日市で温泉に入った。 このmapではJR山陰線と山口線に沿って走り 津和野から南下したことになる。 六日市から中国道を走り150kmで自宅に帰った。 19番と22番は道の駅と温泉が完全合体している。 山口県の北部日本海側にも合体施設はあったと思う。 旅全体ではあんまり観光はしないが どこにどうやって行くか、どこを走ったかを 検証するのが好きな僕ちゃんです。 雪が一日舞ったが積雪は大したことはない。 寒いので家にこもり次の釣りや観光を計画してみよう。

JRよりバスに軍配

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  (20260122) 広島行きを庄原7時過ぎ発のJRにしようと 雪のことを考慮して早めに出かけた。 国道は車高すれすれの15㎝くらいで除雪車の後ろをついて走った。 しばらく走ったら除雪車がよけたけど 四駆なので問題なく走れた。 駅に7時前について時刻表を確認すると29分発は間違いなかった。 無人駅の切符はどうするんだろうと散策したら 22日は雪のため運休するという貼紙があった。 どうしようと考えていたら広島行きの7時の高速バスが来た。 これ幸いと乗り込んで広島バスセンターには9時についた。 雪の影響は少なく3分ほど遅れただけだった。 寒いので地下のシャレオを歩いた。 バスに乗ったのもシャレオを歩いたのも何年ぶりだろう。 もしJRに乗っていたら30年ぶりの乗車だったではなかろうか。 シャレオの基町から八丁堀方面は空き店舗が目立つ。 朝9時過ぎでは早すぎたんだろうか。 地上も寒いこともあって閑散としている。 用事を済ませて帰りもバスに乗った。 雪の影響はまったく無く2時間で帰った。 バス料金は2,140円だった。 普通車で高速を使うと燃料除いて片道2,500円はかかる。 バス利用は自由が利かんことは置いといて、 駐車場はいらんし運転に神経を使うことはない。 バスの終点は広島駅のことも好都合。 広島市内の用事はバスを利用することにしよう。

懇親会リポートⅡ

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  (20251128) 昨日のブログは懇親会の後酔っ払って書いたので 文章がよろしくなかった。 書き直したのでお暇な方は昨日のブログを読み直してほしい。 一応ホテルにはスーツで行ったので 洋食を食べる格好にはなっていた。 それでも冷酒をコップで飲んだのは僕だけだろう。 視線が気になった。やめておけばよかった。 駅のリポートを書こうと思ったが お店がたくさんあってそれどころではなかった。 広島駅に着いたのは17時半頃でホテルに向かう北口の居酒屋は 混雑し始めていた。 松長さんとふらっと入れば良さそうと思ったのだが 18時開始の懇親会に遅れてはいかんので 居酒屋を眺めながら歩を進めた。 懇親会のお開きは21時。 駅の「みなもあ」の総合案内は閉まっていた。 二次会に行こうにもどの居酒屋も店じまいしそうな感じだった。 仕方なく二駅先の海田の居酒屋にお邪魔してダメ押しをした。 今日は海田のビジネスホテルから昼前に家にようやく帰り着いた。 昨日で運を使い切っているので他の何かが当たってはいけないと思い 慎重運転で帰った。 お土産はたくさんあるので帰り道にある安芸高田の道の駅では なのも買わなかった。 家に帰ったら極上のナメコが採れていた。 広がったヤツもカサ裏は白くてきれいなままだ。 昨日から嬉しいことの連続だ。 少し浮かれ気味だ。 明日は本気で草刈に刈りに挑もう。

広島駅横で宝くじに当たった

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  (20251127) とんでもないことが起きた。 今日は食協という米を集荷していただいている会社に シェラトングランドホテルへ招待された。 招待者の多くは中国地方の農業法人や個人生産者。 遠くは九州・四国からも来られていた。 僕のテーブルは安芸高田市の生産者2人と 食協の職員さん4人、比和から2人だった。 テーブルは10席以上あって総勢200人以上の大懇親会だった。 普段ならなにがしかの横断幕等があるのだがそういうものは一切なかった。 通常の懇親会のように挨拶があって(米作りの勉強会も含まれる) 宴はたけなわの中で優良生産者の表彰の後、抽選くじがあった。 たくさんの商品があって5千円相当が 50本以上あるというアナウンスだった。 生産者だけの確率を考えれば2分の1は当たるという計算になるので 受付で引いていた71番券を握りしめ抽選を見守った。 5等何人4等何人等々抽選が進んで 擦(か)すりはしたがはなかなか当たらん。 そうこうするうちに最後の一等5万円相当(当選一人)の抽選になった。 かたずを飲んで待っていたら71番という発表があった。 喜んだのは言うまでもないが 同じ席に安芸高田市の人が71番を持っていた。 半分にしましょうと話し、後日連絡しますと その場は納めたが 後で知っているセールスさんに札が2枚あったことを話をしたら 当方の間違いで両方の71番は 2枚とも有効と言うことになった。 一等二本というめずらしい抽選となって 僕は一夜にして5万円を手にした。 同じ71番を持っていた”せんし”さん一等おめでとうございます。 景品を贈る(寄付行為)わけにはいかんのでよい正月をお迎えください。 ホテルで緊張する洋食をいただいたので食べた気はしなかったが 生産者と食協職員さんの懇親会は有意義だった。 ただ残念なのは、○○県○○市○○法人くらいはわかる 名簿がほしかった。 来年も開催されたら暇を持て余しているので 呼ばれたら参加することにしようと思う。

尾道松江道「御調SA」Ⅱ

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  (20251105) 道の駅でもう一つ気になるものがあった。 木屋原農園の悩みの種である籾殻を売っている。 前に来たときも売っていた記憶があった。 値段を見ると20㍑のビニール袋に入った籾殻が350円だった。 薫炭処理したものは100円アップだった。 薫炭はおそらくカート一杯だったと思うので少しは 売れたんではなかろうか。 僕の場合1㌧フレコンに入れ、軽トラに乗せるぐらいの荷造りをしないと 籾殻処理は進まんだろう。 ただで引き取ってもらってもいいが値段がつけば更に嬉しい。 その前に籾摺りと同時にフレコンに詰める仕掛けをしないといけない。 来年シーズンまでには仕掛けを完成させよう。 今年の籾殻は田んぼにまこうとしたが田面が軟らかくて トラクターが何度も脱出不可能になりかけた。 空き地に積み上がっているので フレコンに詰めて売るか引き取ってもらうか どちらになるにしても情報を発信してみよう。

尾道松江道「御調SA」Ⅰ

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  (20251104) 先日の集落懇親旅行の時、 尾道松江道の御調SAに行きも帰りも寄って ウインドショッピングを楽しんだ。 尾道から松江までのSAは 御調・高野・出雲吉田・宍道の4か所しかない。 御調と高野は規模が大きくて駐車場はいつも満杯だ。 連休も重なっていたので特に多かったんだろう。 道の駅どこにでもある米売り場は右の30㎏が2万6千円と強気だった。 テントの出店では精米10㎏が1万円、5㎏は6千円というのもあった。 帰りに寄ったときは少し売れていた。 マツタケは小ぶりのシイタケ状態で1万円。 これだけ人が多いと高くても売れるんだと思った。 明日はもみ殻について報告。

今日は日本丸に出会った

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  (20251102) 集落の懇親旅行で鞆の浦に行ってきた。 鞆の浦には昨年も行っているが 尾道から鞆の浦まで観光船に乗るというので楽しみにしていた。 観光船は66人乗りの大きさだったが 外国人もいてぎゅうぎゅう詰めだった。 珍しいスナメリも出現したんだが船の中央の内側で 見ることは叶わなかった。 常石造船は大きな会社だとは聞いていたが 工場の大きさは想像以上だった。 鞆沖では日本丸が停泊していた。 直接港にはつけられないので 小型船が希望者だけを鞆に運搬する仕組みらしい。 僕らが船着き場に着いたときは小型船の患者を救急車がきて運んだ。 工作車も来て物々しく防護服を着ていた。 日本丸にも医者はいるんだろうがコロナでも出たんだろうか。 常夜灯で集合写真も撮ったけどまだもらっていない。 LINE交換すればよいが後からプリントしてからくれるんだろうか。 手前の観光船は昨年乗った 仙酔島 行き。 千酔島は星のリゾートがホテルを建てるらしいので 鞆の浦も今まで以上に賑やかになるんだろうか。 海を見てのランチもよかった。 次は日本海側の観光船に乗ってみたいと思う。

飛鳥に乗船は説得次第

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  (20251027) 森林組合の重要会議が昼からもあたんだが 途中退席させてもらって境港に米を配達に行った。 配達後、近くの竹ノ内ターミナルに客船が入っていた。 お別れのアナウンスがありまもなく離岸が始まった。 船名を見ると飛鳥Ⅲで11月以降の旅の応募があれば嫁さんの許可をもらって 予約するつもりだった。 船旅はいいなと離岸の様子を一部始終見た。 タグボートが居たがワイヤーで引っ張るでもなく 大きな船体はゆっくり離岸した。 真横に離れるのでスラダーでもついているんだろうか。 目をこらすと船尾の方から陸に向けて波が見えた。 離れた段階で船首を右に振るのかと思えば そのまま後方に白い波を出し、真すぐ進んで境水道の方向に向かった。 後で見たんだが境水道方向には大型貨物船がいくらでも 行き来できるヤードがある。 堤防が広く切れていてあそこを利用して出るんだと思った。 嫁さんの乗り物酔いをなんとかすれば飛鳥乗船も夢ではない。 農業の規模縮小の折にはもう一度説得を試みよう。

半年ぶりの広島駅は繁盛していた

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  (20250621) カープは連敗を脱出した。 年一回 の僕らの観戦も久しぶりの勝利だった。 歴史的敗戦の翌日とあって余計に盛り上がった。 死ぬほどの厚さではなくビールを飲むには丁度良い観戦だった。 行き返り新しくなった駅を歩く。 試合の影響なのか土曜日ということなのか人通りは多く、 ひろしま一の賑わいの場所だと思う。 電車の入る2階フロアにはすでに電車が置いてあり 7月の運行開始を待っていた。 往路のSAでカープバスとも出会った。 今日の試合は庄原市内のカープ応援隊の日で 幸運のバスに出会ったのもよかったのかもしれん。 比和の応援隊の日は阪神に完封負けだから 今日のお客さんは幸運だったに違いない。 プロ野球に県北出身はたくさんいるが 今年楽天に入った宗山もヒットを打ち 地元に錦を飾った。 両親の喜びは最高だったろう。 久しぶりの歩きと人波には疲れた。 家に帰りついたのは午後9時だった。 出発は午前10時なので準備を含めれば12時間の旅だから疲れるはずだ。 膝の痛みもひどくなった。 次は一泊二日にしてゆっくりしようと思う。 帰ったら家の前を蛍が舞っていた。 昔はもっとすごかった記憶がある。 孫たちにも見せてやりたいが 僕らのカメラではうまく撮れないだろうから 頭に焼き付けておこう。

直播機(カルパー・ベンモリ)ゲット(Ⅱ)

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  (20250614) 農機具市場館という三重県の中古屋さんで 直播機を受け取ってきた。 17時間余りの強行往復調達だ。 3月31日 もほぼ同じ時間だけど 距離が近いので半分くらいはトラックを止めて寝ていた計算になる。 トラックの外見はボロボロだけど 走行距離は約8万kmだ。 オイル交換は定期的にしているが高速を走るせいか 走行距離の割にはエンジン音がうるさくなった。 部品供給はまだある。 米作りを始めて2台目のトラックで戦友みたいなものだ。 もう少しの間頑張ってくれ。 今回の直播機はカルパーコーティング用で フロートの間に種籾と肥料を田面下に投下して 前進していけば後ろのステンレスの板が軽く土をかぶせる。 左の黒い筒が肥料投下用で右側が種籾投下用。 種籾は田面下2cm、肥料はさらに+3㎝ほど深い。 カルパーコーティング籾は芽出し直前を土中に投下する。 酸素不足をカルパー剤で補い芽を出させる仕組みだ。 鉄コーティング用 は9万、今回の直播は1万で落札した。 新品なら100万する代物だが なんでこんなに安いんだろう。 理由は察しが付くが僕は直播栽培を増やす計画だ。 来年の成功を祈ろう。

遠征は疲れるなー

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 (20250401) 走った時間は12時間くらいであとは休んでいたんだが 17時間の遠征はいささかくたびれた。 夜8時には帰って十分寝たんだけど 疲れが残っている。 役所の提出物をして昼寝をして過ごして充電したら 体が少し楽になった。 写真は福井で二度目のSAに寄ったら 恐竜の作り物があった。 面白そうと思い写真を撮っていたら ガオーと鳴いて動いたのでびっくりした。 よく見ると餌をやってくださいと看板があった。 さすが恐竜化石県だ。作り物も本格的だった。 遠征の疲れもあって一日休んだ。 明日から種まきの準備を始めよう。

直播機(鉄コーティング)ゲット(Ⅰ)

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 (20250331) 前の湾の向こうがでっかい若狭湾だ。 右のはるか先が越前海岸に繋がっている。 遠くまできたもんだと思う。 眼下の道路は高速と思うが車が左側に走っている。 僕は福井に向けて走っているので ここは上り下りが反対なんだろか。 撮った場所は杉津PA。 MAPで確認すると 下りと書いてあるが拡大してみると福井方面に矢印がある。 福井に向かっているので当然ではある。 ここは福井に向けていくのが下りで 舞鶴方面が上りということになる。 進行方向に向けて中央分地帯から右側が反対車線だが 北陸道のこの辺りは反対になっている。 僕の頭が反対になっているのかもしれん。 石川県の白山国定公園が真っ白になっているのを撮った。 福井県の信号が縦になっているは 積雪が多いんだと思う。 復路、越前海岸でも走ろうかと考えたが ものすごく遠回りになって一泊する感じだったので 足早に福井を後にした。 手に入れた直播機は8条の筋に5粒ぐらいを 落としていく仕組みだ。 落とす種籾の数は調整できる。 オプションをつければ土を軽く盛ってくれて 種籾を鳥害から守ってくれる。 簡単につけ外しができるとは思わんが 苗箱の管理運搬のことを思えばかなり省力化ができる。 一人農業ではいつも収穫量と省力化の損益の分岐点を探る。 僕には今ある経営面積をいかに楽にできるかが 最大の課題だ。 直播は今年2割をする予定。 うまくいけば来年は倍増させる計画だ。

3泊4日の旅 ”横浜編”

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 (20250221~20250224) 21日夜は広島駅から二駅過ぎた海田市(いち)という所の 「せんばりき」という居酒屋に。 週末で大賑わいだったので空席があるか心配だったが 嫁さんと二人なのでうまく潜りこめた。 聞いたときは千馬力をイメージしていたが 面白い当て字だった。 22日は広島から娘と孫二人、嫁さんと次男のいる横浜へ。 米原過ぎたあたりから雪景色になった。 若狭湾から吹き込む雪雲を遮る山がないので新幹線にも着雪があって 名古屋駅の雪落としで到着時間が少々遅れた。 日本海側は大雪になっていると思うので比和の状況も気になった。 富士山のてっぺんは雲がかかって全身の姿は見れなかった。 二日目は神奈川厚木で次男一家と合流して 今回の目的の一つであった次男の家を見に行く。 夜は寿司としゃぶ食べ放題で満腹になった。 大きな卵と思ったら黄身がダブルだった。 宿泊は本厚木の東横インだった。 三日目の僕は次男と鎌倉観光に行った。 電車バスを乗り継いで大仏まで行ったけど多くの観光客で ゆっくりしないで早めに切り上げた。 昼からは横浜駅近くのパソコンショップを攻めて マザーボードの情報を集めただけで買い物はしなかった。 嫁さんと孫たちは別行動で何とかランドで遊んだらしい。 夜は東京メンバーと合流して居酒屋へ。 三日目のホテルは正面の新横浜駅のプリンスホテル。 中間の24階だったけど足のすくむ思いだった。 左下に新横浜駅が見えた。 右の西方向には富士山、左の海方向(下画像)には ヨコハマインターコンチネンタルホテルのあるビル群が見えた。 カップヌードルミュージアムの方向というのがわかりやすいだろう。 ホテル出発前に宅急便のあんちゃんに 広島メンバーの写真を撮ってもらった。 新幹線から呉線に乗り換えたら運よく先頭車両に乗れた。 運転席の後ろで山陽本線から呉線に切り替わる瞬間を体験した。 意外とカックンという感じがして 乗り鉄ならどう思うんだろう。 矢野の娘の所で車に乗り換えたんだが旦那の話しでは 朝にはここでも5cmの積雪があったと言うの聞いて 帰り道のことが不安になった。 帰る道中は気温が高くなったようで路面の雪はなかった。 家にたどり着いたら車は雪に突っ込み動けなくなった。 家に入り無事に帰ったと一息ついたら 水回りがすべて凍り付いていた。風呂の床も浴槽も凍りつき ...