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再精米

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(20190131) 広島に送る前回の精米では糠を取り過ぎたので 今回は精米圧力を下げたら白米の色が少し黒くなった。 コイン精米でいう7分搗きくらいになったのだろう。 糠を撮り過ぎない方が味はいいのだが 業務用では真っ白でなくてはいけないようだ。 二度目の精米をしたら白い糠になったので 今度は大丈夫のようだ。 糠サイクロンの排風を外に出しているが 微小な糠が部屋の中に舞っている。 小さな部屋で作業すれば管理しやすいだろうが 動力電源のある適当な部屋はない。 部屋の一角を囲いスペースを作るとなると大変なので サイクロンの上に排風ダクトをかぶせると クリーンになるかなと思う。 宿題がまた一つ増えた感じだ。

ゴミ整理

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(20190130) 昨日からPC部屋に籠りきりなので何も書くことがない。 今朝は久しぶりに冷え込んだ。 高野で-9℃だったので僕のところは-8℃ぐらいだろう。 ソーラーパネルも雪が積もって全く発電の気配はない。 斜めにしておくと熱を集めて雪がずり落ちるのだが バッテリーは満充電なのでそのままにしておく。 PCの周りの紙情報が山になっている。 気になる情報はすべてスキャナーで保存する。 現代農業も一度読んでいるが 裁断してスキャナーにかけて保存する。 300貢が10分もあれば完成だ。 読み返すことはほとんどないが金以外は溜めるのが好きなので 病気としか言いようがない。 何かあればディスクごと廃棄すれば処分は簡単にすむ。 合間に決算資料を作っているがまだ期限があるので どうも前に進まない。 期限が迫らないとできないのが僕の悪い癖だ。 それと決算結果を見るのが恐ろしいのもある。 昨日猟友会が金星を挙げた。 大物だったということで僕の田んぼに出没していた奴かもしれない。 箱罠の移動もするのを忘れていた。 真冬でも結構仕事があるなと思っている。

保管庫入庫

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(20190129) 道路の雪は融けたがフォークリフトは道路を走れないので トラックに積んである保管庫に倉庫の中から リフトの爪を差し込んで持ち上げ、 車を前に出して中に入れ込んだ。 僕が寄せ集めた保管用冷蔵庫は 春以降100袋(30㎏袋)がストックできることになった。 この倉庫は軽量鉄骨2階建て築30年が経っている。 もらい手がないので僕が引き取った。 一階角に事務所がある。下の階はフラットの方が 機械が置きやすくていいなと思ったが 改造は簡単なことにはいかないだろう。 二階は事務所などにはいいが他の用途には全く使えない。 空き部屋にするのはもったいないが 仕方のないことだ。 この倉庫があってもトラクターは大きいので入らない。 トラックは朽ちてもトラクターだけは 長持ちをさせないといけない。 除雪が済んだらコンテナをどこかに移動して トラクターを軒下に入れるようにしないといけないだろう。

塩抜き

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(20190128) 昨日帰った時、家の周りの雪は融けていたが 今朝になってまた薄っすらと積もっている。 これではリフトは使えないので 高速道路で被った塩化カルシュウムも雪で流れ落ちてくれると 思うので塩抜きと思い保管庫は 路面の雪がなくなるまでこのままにしておく。 昨日の中国道、近畿道は空いていた。 知らないうちに沢山のJCTを通ったので 他の高速道も走ってるのだろうが まったく渋滞がなく快適だった。 空いていればマイペースで走れて 早い車はどんどん抜いていく。 津山の西にある岡山別れの北房JCTからは制限速度で走っても 抜いていく車もいなくなった。 大佐SAをチラッと見たが午後7時だというのに 乗用車が一台停まっているだけだった。 スタンドのあるSAはやっていける訳もなく この先どうなるのか心配だ。 昨日が特に少なかったのだろうが 庄原の七塚SAについても他人ごとではないだろう。 今日から事務仕事を始める。 入力だけで集計はいらないので便利な時代になった。 昔、算盤の時代に育ったものにしたら隔世の感がある。 ボケないようしっかりついていく。

雪の中の出張

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(20190127) ネットで格安の冷蔵保管庫を見つけたので近畿まで取りに行く。 真庭PAまで来たら雪の心配はなくなった。 ここまで大破1、中破1の自損事故を見た。 いずれも下りカーブの事故だ。 壊れいてはいるが命に別状はないようだった。 なれない雪道のことで気の毒なことだ。 今日一日安全運転を肝に命じる。

初雪

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(20190126) 年が明けて除雪車が出動する 本格的な雪が降ったのは今日が初めてだ。 9時を過ぎて晴れたので北部の警報は出たままだが 峠は超えたようだ。 今日まで降らなかったのでみんな気持ち悪がっていたが 降ったので一安心ということだろう。 邪魔な雪が降って一安心とは変な話だが この雪なら生活に全く支障がないので降ってくれた方が 普段通りで安心できる。 右の山に木がなくなったので 正面の道路の雪の積もりようが去年に比べて少ない。 日もよく当たるので融けるのも早いだろう。 今日の予定は特にないが先日持ち帰った 檜を巻き割でもしようと思う。

九州産「ひのひかり」

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(20190125) 帰り道、九州自動車道えびの(宮崎県)ICで給油のため下りて 道の駅に立ち寄った。 IC近くに道の駅がある場合、ETC乗り換え措置があって 高速料金は変わらないので安心して下りることができる。 広島県では戸河内と千代田、 その手前の島根県六日市にも看板があった。 最近何の看板だろうと気になっていたが 今回の旅行で高速道の乗り換え措置という内容が ようやく理解ができた。 燃料を安く注ごうとICを下りたのだが 足元を見られているのだろう最寄りのスタンドの 燃料は高かった。 道の駅に寄って米の値段が気になって写真を撮った。 3㎏1,566円、5㎏2,570円、㎏約500円と強気の値段だった。 品種は「ひのひかり」、広島では聞いたことにない品種だ。 僕らの米はもっと自信をもっていいのかもしれない。

無事帰宅

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(20190124) 今回の旅で前半は夕陽に向かう旅だったが 最終日前半は特攻基地のあった知覧町から眺める朝陽と 九州を北上するあいだ背に太陽を浴びて 日没後は正面右上に満月を眺めて走った。 最終日の走行距離は600kmを超えた。 全行程1700km。いつものとおり車で走るのが趣味の旅だった。 枕崎から鹿児島・宮崎(かすめる)・熊本・佐賀(かすめる)・ 福岡・山口・島根(かすめる)・広島の順で帰った。 節約のつもりで庄原手前の三次のICで高速を降りた。 鹿児島からの高速代は8790円だったと思う。 全行程燃料は140㍑使った。 距離から割ると平均㍑/12km。 時速100km近くで走ると燃費はもっと悪くなる。 乗用車なら軽く㍑/20kmは走るので 燃料だけで見ると軽自動車の節約の意味はない。 知覧町は朝早すぎたので施設の観光は外周のみとなった。 建物の中には原型を留めない 無残な姿の戦闘機が残骸とともに置いてあったのが カーテンの間から見えたが開館前で入ることはできなかった 観音堂があったので手を合わせて知覧を後にした。 知覧町は飛行場があったくらいだから 丘陵地でありながら平坦地であった。 知覧町に行くまで見渡す限りの茶畑である。 衛星写真で見ると知覧から南側の農地はすべて茶畑と言っていい。 知覧町・枕崎ともに特産はお茶である というのは納得した。 南国なのに霜よけのファンが設置しあるのが印象的だった。 知覧町から鹿児島方面へは一気に山を下りる感じだった。 (20190123) 知覧特攻平和会館に置いてある映画に使われたレプリカゼロ戦。 特攻隊員の再現宿舎は外だったので見ることができた。 現在でも重ぐるしい雰囲気が伝わってくる。 冥福を祈りたい。 (20190122) 天草牛深から長島(南薩摩市)に向かうフェリーから 大きなカッコいい牛深ハイヤ大橋を撮った。 両側に歩道があって、持ち時間の間少し歩いたが 車が来たらものすごく揺れた。 今まで落ちなかったので大丈夫と思うが とても歩いて渡る気にはなれなかった。 フェリーの先頭車両が僕の軽。

やらかした

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(20190122)  「せごどん」も最後に見たであろう 桜島を横を見ながら山道を走って枕崎までたどり着いた。 下側は鹿児島市内。 泊っているのは「枕崎観光ホテル岩戸」というところだ。 ネットで検索して素泊まりが空いていたのでここに決めた。 枕崎は僕の記憶では鰹節と台風しかない地だ。 少ない知恵を絞て鹿児島といえば台風・桜島・屋久島・種子島 ぐらいしか知っていない。オッと指宿もあった。 明日は寄り道になるが 特攻の地の知覧と指宿は通って帰ろう思う。 ホテル岩戸はビジネスホテルスタイルだがオーシャンビュー が格別だ。YouTubeにもアップしてある。 僕の部屋の並びに共同温泉が併設してある。 少し歩けば大好きなコンビニと焼き肉・寿司屋もあって 一人旅でも二人でもいいと思う。 寿司屋は回転しない昔のスタイルなのでお勧めと思う。 お客さんも少ないので地元の人も入る風呂に僕も入った。 鍵を持ち出さずに。 宿泊者は無料で入ってもいいことになっている。 ここの風呂は一般の人にも 有料化開放されている民間では珍しいシステムだ。 ドアノブをひねってロックがかかっているので 他所の部屋に帰ったのか一瞬狼狽して我に返った。 久しぶりにオートロックの洗礼に出会った僕です。

外国語

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(20190122) 昨日はラッキーだった。 最安値の宿を検索したら4千円がヒットした。 市内では駐車料金を取られるがないのも気に入った。 居酒屋は遠かったがコンビニは近くにあった。 晩飯は超高そうだったのでスルー。 朝飯も東京の朝飯バイキングと同じ値段だったので断った。 旅籠は火の国ハイツという旅館風の宿だったのだが 貸し切り状態で畳の6人部屋に一人寝た。 大浴場は近くの爺さんが一人温まっていた。 検索したときは夕朝食つきの豪華旅館のような写真だったので 十年前の四万十川の お化け旅館かと思っていたが行ってみると普通の旅館だった。 熊本市・火の国ハイツで検索すれば写真が見れる。 安い理由は市の建物になっていって指定管理になっているなど があるらしい。 4階建てで今回の地震にも耐えたそうだ。これからも しぶとく営業していると思う。 宿についたとき遠くに散歩をしている人を見た。 晩飯を買いに出た時も帰る時も まだ横断歩道の手前で立っていた。 ピンと来たので話を聞いたらお金を手に持っていて 呼んだタクシーが来ないという。電話も持ていないのに変な話だと思った。 詳しく聞こうにも言葉がわからない。 近くの駐在所を検索しても出てこない。 この場合、日が暮れて寒さにも震えているので救急車か110番と思たが フロントまで連れて帰り相談したら対応してくれた。 聞けば近くの老人ホームの人だったらしい。 時に方言は英語より難しいなと感じた日になった。 歩いていて直線距離で100m以内がわからなくなる。 google map 風に言えば 「Gps信号が失われました」だろう。 田舎や山中では即消防団の出番となる事態だ。 気を付けましょう。 僕もスマホの電池切れだけは注意をしている。 今日の写真はまだないので昨日の田原坂資料館のジオラマを載せる。 ペリー来航あたりから詳しく説明しているが 僕が資料館で一番勉強になったのは日本赤十字社の活動が西南戦争 から始まったことだった。